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35歳無職!うつ病で実家暮らしの女性のニート体験談とアドバイス

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私は35歳の女性で現在無職です。睡眠障害であるナルコレプシーを患っているので日中何度も突然眠たくなって寝てしまいます。

 

5年前に双極性障害(躁うつ病)と診断されました。躁状態よりもうつ状態が酷く数年寝たきりの生活をしていました。

 

療養を経て少しずつ元気になってきてはいますが、以前のようにフルタイムで働けないので現在はニートをしています。

 

今は働いていないので、毎月のはじめに年金生活の母親から3万円を借りています。いつか働いて収入が得られるようになったら返済するつもりです。

 

足らない部分は今までの貯金を切り崩して使っています。ほとんど引きこもっているので外で遊んでお金を使うことありません。

 

ただ、毎月病院に行っているので交通費と医療費合わせて8,000円が消えていきます。年金以外の食費等の生活費は両親に出してもらっています。

目次

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うつ病になりニートになったきっかけはパワハラ

5年前に双極性障害(躁うつ病)を患う前はデザイン会社で働いていました。世にいうブラック企業で、毎日寝るためだけに自宅に帰って、あとはずっと会社にいるような生活を送っていました。

 

その頃、ずっと自分の体調の不調と思っていた過剰な眠気が実はナルコレプシーである事が分かり、残業の無い環境で働く道を探していました。

 

デザイン会社を辞めたきっかけは、ナルコレプシーであることが理由でパワハラにあい、うつ状態になってしまったからでした。

 

仕事を辞めてからは一日中寝たきりでご飯も食べられず、家族に介抱して貰って大変迷惑をかけました。

 

療養を経て少しずつ元気になった私は知り合いのつてで百貨店に入っている雑貨屋にバイトとして勤めるようになりました。

 

と言っても、数年もの間寝たきりの生活だったので筋肉は衰え体力も無くなっていたので、初めのうちはリハビリとして1週間に1回4時間だけ働いていました。

 

それでもとても辛く、働いたあとに1週間寝込んでしまうような有様でした。それでも少しずつ体力をつけて仕事にも慣れてゆき、一時期は週3でフルタイムで働くこともできるようになりました。

 

でも、経営者と折り合いが良くないのと、大変個性的な困ったお客様が複数人居て、それがとてもストレスに感じこれ以上ここで勤務を続けるのはあまりメリットが無いと思うようになりました。

 

時給もきっちり最低賃金で業務時間以外にしなければいけない仕事を超勤として認めてもらえないことも辞める理由になりました。

うつ病になりニートになり布団の中で過ごす毎日

基本的に一日中布団の中で寝たきりで過ごしていました。朝7:00頃目が覚めて家族と朝ごはんを食べるところまでは普通なのですが、朝食を終えると急に眠たくなってそのまま布団に戻ります。

 

そして寝て起きて寝てを繰り返して晩ご飯の時間になって一日が終わるのです。ナルコレプシーが理由で眠くなっているのか、うつ症状で眠くなっているのかもはや分からないのですがずっと眠たくて寝ています。

 

目が覚めている時はくだらないまとめ記事や動画をぼんやり見て時間を潰します。最近今日が何曜日なのかも分からなくなってきて、SNSで友達と会話すると社会とのズレを感じるようになりました。

 

家の中では全く運動をしないので、このままではまた筋力と体力がなくなって寝たきりになってしまう(もう寝たきりの生活なのだけれど)という恐怖から今年に入ってから、母親が通っているジムについて行って週2~3回ほど運動をするようになりました。

 

平日の昼間に私のような30代の利用者は珍しいので最初は恥ずかしかったのですがだんだん慣れてきました。

 

寝るか運動するかのどちらかで、後は月1回100kmくらい離れているナルコレプシーも併せてみてもらえる精神科のクリニックへの通院しています。

 

引きこもりでダラダラした日常をSNSで発信している私を心配してか、社会人としてしっかり働いている友達が月に1回ほど遊びに誘ってくれる時に外出をするくらいです。

 

田舎なので遊ぶ手段がだいたいカラオケなのですが、筋力が無いので声が出ないしマイクを持つ手もプルプル震えて無様です。

このままニートならどうしようかと考える毎日

この先どうしようか考える時もあります。前回バイトをしていた頃は、このままバイトを頑張ってなんとかしてフルタイムの職に就けるようになりたいという意気込みがありました。

 

ナルコレプシーと双極性障害で会社を辞めることになった時、私は地元に帰って地元に貢献出来る所で働けるようになりたいと考えていました。

 

具体的には観光業で、古くからの歴史と自然ある地元が好きだったので、私ならそういった地元の良さを発進できると思ったのです。

 

実際は家族の助けを借りて地元に戻って、寝たきりの療養生活を数年続け、少し元気になった現在も近所の人々から隠れるようにこっそりと引きこもり生活を送っています。

 

バイトを続けている時は何かそういった働き口がないものかとハローワークや役所に通って情報集めもしていました。

 

でも、表向きに求人は出ていても実際のところはコネで採用されることを知ってがっかりしました。それでも街の企業と繋がりたいと商店街などが主催するお祭りやイベントに体力が持つ範囲でできる限り参加してみっました。

 

しかし、そこで感じたのは狭い縄張り意識の争いや田舎特有の偏見でした。そういった経験から雑貨店のバイトを辞めた時、さて次はどうしようか?と次の仕事を考えるのが嫌になってしまいました。

 

地元に戻ってきた頃抱いていたものにがっかりしてしまったというのもありますが、未だに体調も優れない中で、なにも正攻法で体当たりをして砕け散ることはないなと思ったのです。

ニートでも親が許してくれるなら甘えるのもあり

ニートになっている人で本当に好き好んでこの状態でいる人は少ないのではないでしょうか。確かに今の状態はブラック企業に勤めていた時あれ程夢見ていた、毎日布団の中でゆっくり過ごすことが出来る幸せな状態でもあります。

 

私の身体にとってはとてもありがたい環境ですが、この状態がいつまでも続けられない事は理解しています。

 

親もすでに70歳を超えていて、経済的に自立をしなければ暮らしていけないのです。今現在私はこれまでに試みた諸々が失敗に終わって、失意のうちに陥って何もする気が起きません。

 

でも、今のうちにもう少しよく考えておかねばならないのです。病気を抱えた自分が、何ができて何ができないのか、特に何ができないのかをシビアに向き合う必要があります。

 

10年前は体力もあり希望に溢れていて、出来ないことをいかにしてできるようにするかを熱心に考えていました。

 

その結果身体を削り健康を損ねてしまいました。一時の無理のために自分の中の優先順位を間違えて、その後長年苦しい目にあっているような気がします。

 

これから十何年と生きて生活して行くためにはどういった形で働けばいいのか、週5で8時間フルタイム働くことがそんなに重要な事なのか?

 

色々な可能性を模索する必要が有るのですが、とりあえず私は少し疲れてしまったので、もうしばらく後半年くらいは親に甘えさせてもらい近所の目を避けながらニート生活を甘受しようと心に決めている所なのです。

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